古墳時代

特徴

古墳、特に前方後円墳が盛んに造られた時代、3世紀半ば過ぎから7世紀末頃までの約400年間を指すことが多い。

西暦266年から413年にかけて中国の歴史文献における倭国の記述がなく詳細を把握できないため、この間は「空白の4世紀」とも呼ばれる。倭国の大和王権が拡大し王権が強化統一されていった時代である。5世紀から中国の歴史書に日本の記述が復活。倭の五王(武力で国を支配していたと「宋書」倭国伝に記述)このことから、卑弥呼のように呪術で支配していた時代から武力での支配に移行していることがわかる。また、6世紀半ば、仏教が百済より公式に日本に伝わる(漢字・儒教は5世紀ごろ日本へ伝来)渡来人が大陸文化の伝来に重要な役割を果たす。

重要ワード

大和政権・・・4世紀ころから、大和(奈良県)を中心につくられた政治的連合

大王(おおきみ)・・・大和政権の中枢にいたのが大王(おおきみ)で大王を中心に豪族たちが構成されてつくられた。豪族は血縁でつながり、この血縁の結びつきを「氏」といった。一族のトップのことを氏上(うじのかみ)、一族が信仰していた神を氏神といった。大王は一族に姓(かばね)という身分を与えた

蘇我氏と物部氏・・・古墳~飛鳥時代の有力な豪族、大陸から伝わった仏教を許すか許さないかで激しい対立が起こった(崇仏論争)蘇我氏が崇仏派(仏教派)、物部氏が廃仏派(神教派)として争い蘇我氏が勝利する。

主な天皇

仁徳天皇・・・ 全国に16万基以上はあるといわれる古墳のなかで、日本最大の古墳が堺市にある仁徳天皇陵古墳

欽明天皇(きんめい)・・・6世紀半ばに仏教が百済から大和朝廷に伝わったときの天皇

崇峻天皇・・・朝廷を支配していた蘇我馬子を良く思っていなかった。イノシシの首をみて呟いたボヤキが蘇我馬子に伝わった結果、蘇我馬子によって暗殺される→推古天皇の時代となる

古墳文化

  • 古墳・・・3世紀後半から7世紀頃に多く作られた土を高く盛り上げた墳丘をもつお墓。有力者の実力を示すために作られたと考えられる。

  • 埴輪・・・、古墳時代の素焼き土器。祭祀や魔除けなどのため、古墳の墳丘などに並べられた。

  • 大陸文化(漢字・仏教・儒教など)・・・大和朝廷と関係のあった百済から伝わる

まんが日本の歴史

大和朝廷の正立―古墳と大王たち

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