室町時代

特徴

1336年足利尊氏が開設してから京都に存続した足利氏をによる政権。幕府の体制は鎌倉幕府を基として中央に評定衆・引付方・侍所・政所(まんどころ)・問注所、地方に各国の守護、関東に関東管領、九州に九州探題を置く。

守護大名の勢力が強く,有力守護の連合政権的色彩や地方分権的な傾向が強い。多くの下剋上が起こった戦国時代を経て、1573年15代将軍義昭が織田信長に追放されて滅亡する。

重要ワード

守護大名・・・室町時代に力をもち、各地域において封建領主化した守護のこと。各地域を治めていた

足利義満・・・1378年に室町に幕府を移す。室町幕府三代将軍。南北朝合一、土岐・山名・大内氏の弾圧、明との国交回復に成功し、幕府権力を確立。太政大臣として朝廷内でも権力をもつ。出家後は京都北山に金閣を建て、北山文化を開花させる

日明貿易(勘合貿易)・・・足利義満が明による国交と倭寇の取り締まりの求めに応じ1401年に国交をひらく、貿易の利益のために開始。銅、硫黄、刀剣を輸出し、導線、生糸、絹織物を輸入した

足利義教(よしのり)・・・足利義満の息子

足利義政・・・足利義満の孫、幕府の財政が厳しい中、銀閣寺を建設する。

正長の土一揆・・・借金に苦しむ近江(滋賀県)の馬借(運送業者)が借金の帳消し(徳政令)を幕府に要求しておこした一揆、京都や奈良周辺の農民も加わり、土倉や酒屋、寺社を襲い、借金の証文を破り捨てた

応仁の乱・・・室町幕府の8代将軍である足利義政の後継者争い(富子(妻)・義視(弟)と義尚(実子))を発端として、全国の守護大名が東軍(細川方)・西軍(山名方)の派閥の2つに分かれて争った戦い。京都が焼け野原になり戦国時代が始まった。勝者は、将軍の地位を得た富子と義尚、管領の地位を独占した細川家であった。

明応の政変・・・管領であった細川政元が、10代将軍・足利義稙を追放・廃立し、代わって11代将軍として足利義澄を就任させた事件。この事件により幕府の実権が細川氏にわたる。後にこの権力者の座が三好長慶、織田信長へと渡っていく。追放された義稙は逃走・亡命を続け、足利将軍家が二つに分裂し政治対立に利用されて乱世となる

下剋上・・・下位の者が上位の者を政治的・軍事的に打倒すること

主な将軍

足利義満・・・1378年に室町に幕府を移す。室町幕府三代将軍。南北朝合一、土岐・山名・大内氏の弾圧、明との国交回復に成功し、幕府権力を確立。太政大臣として朝廷内でも権力をもつ。出家後は京都北山に金閣を建て、北山文化を開花させる

足利義政・・・足利義満の孫、幕府の財政が厳しい中、銀閣寺を建設する。足利義政の後継者争いを発端として応仁の乱がおこった。政治の主導権は母や乳母、そして重臣たちに握られた結果、成人後も現実逃避して芸術、文化の世界に生きるようになった。

室町文化

北山文化

  • 金閣(足利義満)
  • 能楽(観阿弥・世阿弥)
  • 連歌
  • 狂言

東山文化

  • 銀閣(足利義政)
  • 書院造
  • 水墨画(雪舟)

  • 御伽草子

まんが日本の歴史

室町幕府の繁栄-足利義満と北山文化

ゆれる室町幕府-正長の土一揆

応仁の乱-内乱と下克上

立ち上がる民衆ー東山文化の輝き

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