昭和時代

特徴

大正時代の日露戦争を経て、列強として世界に認められた日本ですが、ロシアから賠償金は支払われず、昭和初期の世界恐慌では大きな痛手を被ります。内部で高まる軋轢などから、ドイツではナチス党が生まれました。日本は戦艦大和をつくるなど、軍事力を高めます。満州事変、五・一五事件、二・二六事件、盧溝橋事件を経て、各国の対立は深まり、メディアを使ったプロパガンダによって日本は戦争へと向かいます。そして日本は、世界の大国の様々な思惑が重なって起こった、第二次世界大戦に参加します。これによって世界は大きな痛手を負います。戦争に負けた日本は日本国憲法を策定し国民主権・平和主義・基本的人権の尊重の3つを柱に戦後の復興を遂げていきます。

重要ワード

世界恐慌

ニューヨークで株価暴落をきっかけとした世界的な恐慌。企業の倒産や失業者が増大した。五か年計画を進めていたソ連を除く全資本主義国に広まり、世界経済が大混乱した

満州事変

満州の日本軍が奉天(現在の瀋陽)郊外で南満州鉄道の線路を爆破し、これを中国軍のせいにして戦闘を開始、満州全土を占領、翌年満州国を立てて満州を支配する

五一五事件

政党政治に不満をもつ青年将校の間に軍部政権を目指す動きが強まった結果、海軍の青年将校らが5月15日に犬養毅首相を暗殺、この結果政党政治が終わり、以後軍人や官僚が内閣を組織する

犬養毅

二・二六事件

軍部の独裁政権を目ざした陸軍青年将校が部隊を率いて首相官邸を襲撃、東京中心部を占拠した事件、4日で鎮圧されたが、この後、軍部の政治への発言力が強まった

日中戦争

北京郊外で日中両軍の衝突をきっかけにおこった戦争、日本は南京を占領するが、その後も中国も米英の援助を受けて交戦を続けた

第二次世界大戦

独ソ不可侵条約を結ぶとドイツはすぐにポーランドに侵入、これに対してイギリス・フランスがドイツに宣戦しておこった戦争、日独伊の枢軸国と米英仏ソ中などの連合国が戦い、1945年に連合国側の勝利で終わる

日独伊三国同盟

国家総動員

日中戦争が長期化したため、近衛内閣が戦時体制を整えるために制定、資源や労働力のすべてを戦争に動員した。資金や物資は厳重に統制され、コメや衣料品などの生活必需品も配給制となった

太平洋戦争

日米交渉に失敗した日本がハワイ(アメリカ)の真珠湾を奇襲攻撃したことで始まった戦争、日本軍は短期間で東南アジアから南太平洋の島々を占領したが、1942年のミッドウェー海戦の敗北以後、アメリカ軍の反撃にあう

吉田茂

ポツダム宣言

日本の降伏条件を示した宣言、アメリカ・イギリス・中国の名で発表、日本は当初これを無視するが、原爆の投下やソ連の参戦などにより1945年8月14日に宣言を受け入れた。(米英ソの代表が1945年2月にヤルタ会談でドイツの践祚処理とソ連の対日参戦などを密約していた)

サンフランシスコ講和条約

朝鮮戦争がはじまると、アメリカ合衆国は日本を自由主義陣営にいれるため講和を急いだ、、日本からは吉田茂首相が参加し48か国と平和条約を結び、独立を回復した

日米安全保障条約

サンフランシスコ平和条約と同時に日米間で結ばれた条約、独立後もアメリカ軍の駐留を認める、その後1952年に日米行政協定を結び、具体的な取り決めを行った

日ソ共同宣言

第二次世界大戦後の日ソ間の戦争終結を宣言し国交が回復、これにより日本の国連加盟が実現する、しかし、北方領土問題は未解決で平和条約も結ばれていない状態である

石油危機(オイルショック)

第四次中東戦争でアラブ産油国が石油の輸出制限と大幅な値上げを実施した結果、日本で石油不足や物価高騰がおこり、高度経済成長が終わった

日中平和友好条約

中国との国交正常化のために1972年に田中角栄首相が訪中、日中共同声明の発表により国交が正常化、1978年にこの条約を結ぶ

前の記事

大正時代