大正時代

特徴

1912年から1926年まで14年しかない短い時代。護憲運動がおこった。日本を含めた世界では第一次世界大戦によって大国が、三国同盟(ドイツ・オーストラリア=ハンガリー・イタリア)側と三国協商(イギリス・フランス・ロシア)側に分かれて戦い疲弊した。日本ではシベリア出兵によって米の価格が高騰した結果、富山県で数十人の女性たちが抗議のために米屋へ押しかけたことをきっかけに、各地で「米騒動」と呼ばれる暴動が発生した。

重要ワード

大正デモクラシー

政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の総称

第一次世界大戦

オーストリアの皇太子夫妻がサラエボでセルビアの青年に暗殺されたのを引き金として連合国(協商国)側と同盟国側に分かれて戦った戦争。日本は日英同盟を理由に連合国側で参戦、ドイツの中国における根拠地などを占領した。1918年に連合国側が勝利して終わる

三国協商・・・急激に発展していったドイツに対抗してできた、露仏同盟、英仏協商、英露協商をまとめた考え方。

三国同盟・・・フランスの孤立をはかるためにドイツを中心にできた

二十一カ条の要求

第一次世界大戦の後に日本が中国に対して出した要求、山東省のドイツの権益を継承することなどを内容とする二十一か条の要求を出した。これに対して中国で反日運動がおこり、欧米も日本を非難した

ロシア革命

専制政治(個人が絶対的権力で支配する政治)に反発した労働者や兵士がおこした反乱により皇帝が退位(三月革命)、レーニンの指導の下十一月革命がおこり、世界初の社会主義国家が誕生する

シベリア出兵

ロシア革命の影響を恐れた列強がシベリアに出兵する

米騒動

米価上昇に苦しんだ富山県の漁村の主婦らが米屋を襲ったのをきっかけに全国に広がる。米騒動によって寺内内閣が終わり、初の政党内閣である原敬内閣が成立する

ベルサイユ条約

パリ講和会議で連合国側がドイツに結ばせた講和条約。この条約によりドイツは領土を削られすべての植民地を失い、厳しい軍備制限や巨額の賠償金を課せられた

全国水平社

被差別部落の人々が差別からの解放と人間としての自由・平等を求めて運動をおこない、京都で全国水平社の設立大会が開かれ、水平社宣言が出された

治安維持法

普通選挙制公布の直前、社会主義運動を警戒する政府が集会や結社を厳しく取り締まるために公布

文化

大衆文化

  • ラジオ放送
  • 大衆雑誌
  • 文化住宅

日本の歴史〜YouTube大学

大正時代 第一次世界大戦

歴史

前の記事

明治時代

次の記事

昭和時代