飛鳥時代

特徴

飛鳥時代は、日本の歴史の時代区分の一つである。崇峻天皇5年(592年)から和銅3年(710年)の118年間にかけて飛鳥に宮・都が置かれていた時代を指す。草創期は古墳時代の終末期と重なる。狭義には、推古天皇元年(593年)に聖徳太子が摂政になってから、持統天皇8年(694年)の藤原京への移転までの、約102年間を飛鳥時代と称している。以前は、古墳時代と合わせて大和時代とされていた時期があったが、今日では古墳時代と飛鳥時代に分けて捉えるのが一般的である。推古朝に飛鳥文化、天武・持統朝に白鳳文化が華開いた時代でもある。この時代に倭国(倭)から日本へ国号を変えたとされている。

重要ワード

聖徳太子・・・蘇我馬子と協力して天皇(推古天皇)を中心の中央集権国家をめざす

冠位十二階・・・聖徳太子による新しい人事制度、有能な人物であれば朝廷が直接に官僚として採用し、朝廷内での身分を冠の色で12のに分けた

十七条憲法・・・冠位十二階によって様々な人物が朝廷で働くさいに必要な心構えやルールをまとめたもの

遣隋使・・・607年に小野妹子が隋へ派遣された

大化の改新・・・中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺し、蘇我氏を倒す。その後、中大兄皇子は天智天皇に、中臣鎌足は藤原野鎌足になった。

中大兄皇子(天智天皇)

中臣鎌足(藤原鎌足)

蘇我馬子

白村江の戦い・・・百済からの救援要請を受け、朝鮮半島にいったが、唐と新羅の連合軍に敗れる、大陸との関係を失い、日本はこの後、国内の政治改革に力を注ぐ

壬申の乱・・・天智天皇の死後におこった、天皇の弟の大海人皇子と子どもの大友皇子の皇位をめぐる争い、大海人皇子が勝ち天武天皇となった、国史の編纂として古事記をつくり、律令政治を推進した

大宝律令・・・唐の制度に習ってつくられた刑法や民放など政治を行うための取り決め、租庸調の税制、成年男子から選ばれる防人、衛士などが規定される

主な天皇

推古天皇・・・崇峻天皇が蘇我馬子に暗殺された後に即位した初の女性天皇、聖徳太子とともに様々な改革を行った。

天武天皇・・・壬申の乱(天智天皇の弟である大海人皇子と息子である大友皇子の後継者争い)で勝利した大海人皇子のこと

文化

飛鳥文化

  • 法隆寺金堂
  • 法隆寺五重塔

  • 法隆寺金堂釈迦三尊像

白鳳文化・・・645年(大化元年)の大化の改新から710年(和銅3年)の平城京遷都までの飛鳥時代に華咲いたおおらかな文化。天武天皇の時期に最盛期を迎えた。

まんが日本の歴史

聖徳太子の理想ー中国文化と仏教の伝来

大化の改新-中大兄皇子と藤原鎌足

壬申の乱-新しい国家の誕生

歴史

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